中村雄二郎, 山口昌男「知の旅への誘い」(岩波新書)
図書館で「笑いと逸脱」を借りて以来、山口昌男には前から興味を持っていた。古書店で「知の旅への誘い」を購入して長らく積読していたのだが、坪内祐三「新書百冊」でこの本に言及しているのを見て、このたび気が向いたので読むことにした。
内容をひとことで言うと、「旅をキーワードとして知のあり方を問う」といったもの。
山口昌男が良く使うタームとして「道化」「周縁」「演劇的知」「祝祭」というのがある。「笑いと逸脱」を読んで以来、これらの用語、特に「道化」「演劇的知」っていうのが、どういう意味なのか良くわからなかったのだが、この本を読んである程度わかった。(「笑いと逸脱」は、ほとんど理解できないまま返却した。)
山口昌男が好きな「知」とはひとことで言うと、
「理論を現実に当てはめていくのではなく、必要なら他分野からの理論を拝借したり、その場で作り上げたりするような柔軟な精神のあり方」
だと思う。それを山口風に言うと「道化」になるのだろう。また、道化の性質として
「生真面目より笑い」
「因果性より荒唐無稽」
「理性より狂気」
「日常生活より祝祭」
「イデオロギーより想像力」
「ことばより肉体」
「中心より周縁」
という性分が上げられるが、これが山口の趣向にあっているのは明らかだ。「演劇的知」というのも、要するに上記性分を含んだ「知のあり方」を言っているのだと理解した。
演劇を好きな理由は、まず「道化が活躍するから」というのが一つ。
もう一つは、演劇が「ローカルなコスモロジーを含んでいるから」ではないかと思う。この本の中で山口はキリスト教が布教されたせいでローカルなコスモロジーが失われてしまったことを嘆いている。そのコスモロジーへのノスタルジーの結果として「演劇」に興味があるのではないか。
「道化」というのは「脱構築を行う存在」と言い換えることも可能だと思う。そういう意味で構造主義の系譜に連なる思想なんだろう。ただ、山口の思想は体系化する見込みがないように感じた。もともと体系化を拒んでいるとはいえ、これでいいのかという気もした。(この本でそこまで言うのは早合点かも知れないが。)
あと、この本には山口昌男の日記が載っているので、その分お得感がある。
中村雄二郎のパートの方はオーソドックスな哲学という感じで、こっちの方がわかりやすかった。「新書百冊」の中で言っていたが、坪内はこの本を山口のパートしか読み返していなかったらしい。だが、中村のパートの方が坪内的な文章が多い気がした。
たとえば、こんな文章。
ひとは蒐集によって自分の世界、呪術的=神話的で象徴的な自己の世界をうち立てるのである。さらにいえば、蒐集によってひとは、世界を所有しようとしているのであり、世界と一体化しようとしているのである。(p29)
もうひとつ。下記文章に関してだが、たしか坪内は「テクストはそれ自体ではなく、当時の言論状況を考慮して読まないと、本当の意味はわからない」と「ストリートワイズ」で言ってた。
食べものや飲みものの、旅先の現地でうまいと思った味は、その食べものや飲みものそれ自体に属している固有の味であるよりも、その土地のいろいろな食べものや飲みものとの関係のなかで成り立っている味なのではなかろうか。つまり、ものの味とは、もともの一定の具体的な場所(トポス)あるいは空気(雰囲気)のなかでしか、厳密には成り立たないものなのではなかろうか。(p38)
下記文章も、「ストリートワイズ」に出てきてもおかしくない。
私たちの住む空間から宇宙的・人間的意味が剥奪されて、それが固有の方向性のきわめて弱い場所になるとき、そこでの生活は、概してひどく薄っぺらでやせたものになり、苛立たしいものになる。外見上物質的な生活条件がどんなに整っても、生活空間が濃密な意味と豊かな多義性をそなえた場所にならなければ、生活の厚みやゆとりはうまれてこないのである。(p47)
最後にひとつ。まさに「ストリートワイズ」!
迷いそうな道、迷路性をもった道とは、どうやら私たちがおのずと歩きたくなる道、歩いていて愉しい道であるらしい。(p76)
つい引用しすぎてしまった・・・
中村雄二郎はこの本で知ったんだけど、興味が出てきた。他の著作も読んでみようかな・・・
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