聞く力、もしくはダイアローグの愉悦について
阿川佐和子「聞く力」がベストセラーらしい。私は前から思っているのだが、「聞く力」と藤原正彦「国家の品格」って購買層がかぶっている気がしてしょうがない。両社に共通するのは、「保守的」、「啓蒙的」である点だと思う。正月とかに読むのにぴったりなので、まだ売れるんじゃないかと思う。
それはそれとして。
池谷裕二「記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方」という本を読んだ。いろいろためになる情報が多くて良い本だった。一番面白かったのは、記憶には二種類あるというお話。
たとえば、「なにかひとつ物事を具体的に思い浮かべてください」といわれて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?
思い浮かべてから以下の文章をお読みください。
私は「今日飲んだコーヒーの事」を思い浮かべた。あなたも最近体験した事を思い出したのではないかと思う。しかし、なぜ「オゾンは酸素原子が3つ結合したものである」とか、「日本の国家は君が代である」とか思い浮かべなかったのだろうか?
それは記憶には「聞かれなくても思い出せるもの」と「聞かれないと思い出せないもの」があるからである。前者は「エピソード記憶」後者は「意味記憶」といわれる。
「エピソード記憶」は、「自分の経験が主であり、意識して思い出すことができるのが特徴。」であり、「意味記憶」は、「学校の勉強などが主であり、質問されるなどのきっかけがないと思い出せないのが特徴。自我が介入しない抽象的な記憶。」である。
確かに前々から「聞かれるまで思い出せないことってあるよなあ」と思っていたので、この情報には心から納得した次第である。
ここで思い出したのは、向井敏「贅沢な読書」で読んだ以下のようなお話である。
「対談というのはエッセイよりも軽視されているところがあるが、それは早計というものである。対談には対談の良さがあるのだ。対談をすると、会話を通じて、ひとりでは出てこないようなアイデアが出てくるのだ。」
この意見は、先ほどの、「エピソード記憶」、「意味記憶」を使って説明することができる。すなわち、エッセイはひとりで書く故、「エピソード記憶」しか内容に盛ることができない。しかし、対談では「意味記憶」も話題にすることができるのだ。だから内容はより多彩なものになるのだ。といえる。
ただ、自己検討することにより、ひとりでも、ある程度は「意味記憶」を引き出すことは可能だと思う。とはいえ限度はあると言えるだろう。
また、対談とは少し違うが、インタビューに関してもこのキーワードを使って検討することができると思う。
皆さんはインタビューで誰を思い出すであろうか?
私の場合は吉田豪である。なにしろ本人もプロインタビュアーと名乗っている事だし。
この人はタレント本蒐集が趣味であり、とくにインタビュー前には、黒歴史からなにから情報収集しまくることで有名である。
この人のインタビュー集「男気万字固め」を読むといくつかの特徴がある。
- インタビュイー本人すら忘れていることを知っている
- インタビュイーが「なつかしいなあ(遠い目)」とか言うことが多い
- 吉田豪のリアクションがナイス(実際は見てないけど)
- タイミングを見てインタビュイーが聞いて欲しい話題を聞く
すなわち、吉田豪のインタビューは相手の「意味記憶」を気持ちよく引き出すから面白いのだ。そのため内容は多彩となる。また、インタビュイーはノスタルジーが喚起されるので、いい気分にもなる。加えて、インタビュイーが聞いて欲しいことを質問するので、インタビュイーはテンションがあがり、放言しがちとなる。名言が飛び出すのも、むべなるかなである。
これらは吉田豪の日頃からの絶えざる情報収集がポイントといえるであろう。
それにしても、人間の記憶というのは、なんというか不思議なものである。
追記
ちなみに吉田豪がムツゴロウさんこと畑正憲氏にインタビューしたものはネットで読むことが可能である。読んだことがない人は是非一読されたし。敢えて言おう、ムツゴロウ最強!
http://homepage1.nifty.com/SiteK4/m1.htm
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